大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鹿児島地方裁判所 昭和56年(ワ)688号 判決

原告

上釜トシ

右訴訟代理人弁護士

新保昌道

被告

光タクシー合資会社

右代表者代表社員

谷上光雄

被告

大園秀雄

被告

有限会社野沢建設

右代表者代表取締役

野沢武二

被告

西田十一

被告

株式会社トヨタレンタリース鹿児島

右代表者代表取締役

諏訪秀二

被告

ナミレイ株式会社

右代表者代表取締役

松浦幸男

被告

白沢茂和

右被告ら訴訟代理人弁護士

保澤末良

窪田雅信

宮原和利

右被告ら訴訟復代理人弁護士

野間俊美

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し、金四六四万六二二〇円及びこれに対する昭和五二年一二月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  (事故の発生)

原告は次の三つの交通事故により傷害を受けた。

(一) 昭和五一年四月二二日午後八時一五分頃、立石チミは軽四輪乗用車の助手席に原告を同乗させて枕崎市折口町一番地先交差点内を進行中、被告光タクシー合資会社(以下「被告光タクシー」という)が保有し、被告大園秀雄(以下「被告大園」という)が運転するタクシーが、立石運転の軽四輪乗用車の左側面に衝突したため、原告は頭部打撲症等の傷害を受けた(以下「第一事故」という)。

(二) 昭和五一年一一月三日午前八時頃、原告が枕崎市枕崎六九二八番地先道路上を自転車で進行中、被告有限会社野沢建設(以下「被告野沢建設」という)が保有し、被告西田十一(以下「被告西田」という)が運転するマイクロバスに後方よりはねとばされ、右肩、上肢、腰、大腿打撲症の傷害を受けた。(以下「第二事故」という)。

(三) 昭和五二年一二月二四日午前一〇時三〇分頃、原告が枕崎市千代田町二七番地枕崎市役所西玄関前通りを歩行中、被告株式会社トヨタレンタリース鹿児島(以下「被告トヨタレンタリース」という)が保有し、被告白沢茂和(以下「被告白沢」という)が運転する普通乗用車に後方よりぶつけられ、腰部打撲症の傷害を受けた。(以下「第三事故」という)。

(四) 原告は第一事故により昭和五一年四月二三日から同年一一月二日にかけて通算九五日間小原病院に通院し、第二事故により昭和五一年一一月三日から昭和五二年一二月三一日にかけて通算一五一日間右病院に通院し、第三事故により昭和五三年一月一日から昭和五四年一一月三〇日にかけて通算一八五日間右病院に通院し、更に第一ないし第三事故による前記傷害にもとづく不定愁訴により昭和五四年一二月一日から昭和五五年一一月三日にかけて通算一〇六日間小原病院にそれぞれ通院し、その後、全身打撲後遺症及びうつ反応により昭和五五年九月一七日から同年一二月一九日にかけて通算七日間大勝病院に通院した。

2  (責任原因)

第一ないし第三事故は、日時、加害者、態様等を異にするが、連続して生じた事故であり、第一ないし第三事故は相互間に損害の発生、拡大の点において共通性を有しており、各別に損害を確定することができないものであるから、前記被告らは第一ないし第三事故により発生した全損害について民法七〇九条により原告に対し後記損害を賠償する義務がある。被告ナミレイ株式会社(以下「被告ナミレイ」という)は、被告白沢の使用者であり、かつ被告白沢は被告ナミレイの業務執行中に第二事故を惹起したものであるから、被告ナミレイは第一ないし第三事故により発生した全損害について民法七一五条により原告に対し後記損害を賠償する義務がある。

3  (損害)

(一) 傷害による通院慰藉料 二五〇万円

第一事故から症状固定まで約四年八か月、第三事故から右固定時まで約三年を経過しているが、この間の年数及び通院状況等を考慮すれば通院慰藉料としては二五〇万円が相当である。

(二) 後遺障害による慰藉料 八〇万円

局部に頑固な神経症状を残すので、自賠責後遺障害別等級の第一二級に該当する。従つて右慰藉料として八〇万円が相当である。

(三) 後遺症逸失利益 一四九万四三八五円

原告は昭和五五年一二月一九日当時五九歳で、全年令平均給与額女子平均月額給与は一三万五〇〇〇円、これに労働能力喪失率一四パーセント、五九歳時の就労可能年数八年に対応する新ホフマン係数六・五八九をかけると、一四九万四三八五円が逸失利益となる。

(四) 休業補償 二三四万四〇〇〇円

昭和五一年四月二二日から同年一一月二日までの実通院日数は九五日、同年一一月三日から昭和五二年一二月二三日までの実通院日数一五一日、同年一二月二四日から昭和五五年一一月三〇日までの実通院日数二九一日、これに各年度の申立人の年令の平均給与額等を参考にして休業補償を各事故から次の事故までの間、通院一日当り各三〇〇〇円、四〇〇〇円、五〇〇〇円として請求すると、その合計は二三四万四〇〇〇円となる。

(五) 治療費文書料 三六万一九一五円

大勝病院 二万六九二八円

腰椎装具 一万三九〇〇円

小原病院 (四万四九七六円、八万九〇六一円、八万八五四二円、九万八五〇八円)

(六) 交通費 一四万五九二〇円

ハイヤー代

(七) 損害の填補 三〇〇万円

原告は自賠責保険より合計三〇〇万円を受領し、前記(一)ないし(六)に内入充当したので、原告の損害残額は四六四万六二二〇円である。

4  結論

よつて原告は被告ら各自に対し、金四六四万六二二〇円及びこれに対する第三事故当日である昭和五二年一二月二四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

1  請求原因第1項(一)中、原告主張の日時頃、その主張の場所で被告大園が被告光タクシー保有の車を運転していたことは認めるが、同自動車が立石チミ運転の軽四輪乗用車に衝突したこと及び原告が受傷したことは否認する。

2  同第1項(二)及び(三)はいずれも否認する。

3  同第2項は争う。

4  同第3項(一)ないし(六)はいずれも否認する。

三  被告らの抗弁及び主張

(抗弁)

1 原告の本訴提起のときには、既に本件第一、第二事故の発生日から三年を経過しているから、被告光タクシー、同大園、同野沢建設及び同西田の不法行為責任は時効によつて消滅しており、被告らは昭和五六年一一月三〇日の本件口頭弁論において右時効を援用した。

(主張)

2 本件第一ないし第三事故は、日時、態様等全く別個であるのに、右各事故の全損害を被告ら各自に請求することは許されない。

(主張)

3 原告には低血圧症及び変形性頸椎症があり、これらは不定愁訴をその症状とするが、交通事故とは全く無関係な症状である。原告が長期加療を受けた小原病院では、他覚的所見の結果急性期としての治療がなされたことはなく、殆んど原告の主訴に基づく対症療法に終始しており、原告に対する長期療養にもかかわらず症状の改善は見られず、大勝病院においては精神療法が効果ありとされている。以上の事実から原告の受傷事実そのものが存在しないと断定せざるを得ない。

四  再抗弁

本件第一、第二事故については、自賠責保険の支払いにより時効は中断している。

五  被告らの主張に対する認否

被告らの主張2及び3はいずれも争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本件第一、第二事故について、被告らは右各事故から本訴提起まで既に三年を経過しているから、被告光タクシー、同大園、同野沢建設及び同西田の不法行為責任は時効により消滅している旨主張する。そこで右抗弁につき判断するに〈証拠〉によれば、原告の主張する第一事故は昭和五一年四月二二日に、同じく原告の主張する第二事故は同年一一月三日にそれぞれ発生し、原告は右各事故の損害及び加害者を知つたこと、本訴提起がなされたのは昭和五六年一〇月二四日であることが認められ、右事実によると原告が第一、第二事故の損害及び加害者を知つたときから本訴提起まで既に三年以上経過していることが認められる。ところで原告は第一、第二事故については自賠責保険の支払いがなされたことにより右時効は中断している旨主張する。そこで再抗弁につき判断するに、〈証拠〉によれば、自賠責保険金の支払いは被害者である原告の請求にもとづくものであることが認められる。被害者請求する場合、保険金請求に必要な書類の一つである「損害賠償額支払請求書」に記載しなければならない事項のうち、「証明書番号」、「自動車の種別、番号」については通常加害者に聞いて書くが、加害者が教えない場合には事故を取調べた警察署や陸運局に行つて調べればわかることになつている。本件の場合、原告が右記載事項についていずれの方法をとつたか明確ではないが、仮に加害者に聞いて記載したとしても、ただそのことのみから本件第一、第二事故の加害者である被告らが本件各事故につき原告に対し損害賠償支払義務を負担するものであることを承認していたものと認めることはできない。他に被告らが賠償債務を負うことを認めたうえでの言動をしたというような特段の事情が認められない本件においては自賠責保険金が支払われたそのことから時効が中断しているとの原告の再抗弁は理由がない。従つて被告光タクシー、同大園、同野沢建設及び同西田に対する請求は時効により消滅しているとの被告らの抗弁は理由があるので右被告らに対する請求は認めることができない。

二第三事故の発生及び責任原因について

〈証拠〉によれば、原告は昭和五二年一二月二四日午前一〇時三〇分頃、電話をかけるため枕崎市役所西玄関から同市役所構内に存する駐車場横の通路を通つて公衆電話ボックスに向かつて歩行中、被告白沢が運転する普通貨物自動車が後方から原告の左腰下に衝突した。原告はその衝撃で左側に倒れかかり付近に駐車中の車に両手をついてもたれかかるように倒れこんだ。その際原告は駐車していた車に腹部を打ちつけ腰部打撲症の傷害を受けた。被告白沢が運転していた車の保有者は被告トヨタレンタリースであり、被告白沢本人尋問の結果によると、被告白沢は被告ナミレイの社員であり、第三事故当日、被告ナミレイの仕事に従事中に本件第三事故を惹起したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する〈証拠〉は採用しない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、被告白沢は民法七〇九条により、被告トヨタレンタリースは自賠法三条により、被告ナミレイは民法七一五条により原告の後記損害を賠償する義務がある。

三そこで原告の損害につき検討する。

1  原告の受けた傷害の部位、程度

〈証拠〉によると、原告は本件第三事故により前記認定したとおり、被告白沢運転の普通貨物自動車に後方から腰の下に追突され、付近に駐車中の車に倒れこんだ。原告は事故当日、小原病院で診療を受けたが、皮下出血等の外傷はなく、レントゲン撮影の結果は正常で股関節の動きは良好であり、原告が腰部が痛いと訴えるのが中心だつたので、病名としては腰部打撲症との診断が下され、この治療として湿布がなされた。ところで〈証拠〉によれば、原告が本件第三事故に遭遇する以前に、昭和五一年四月二二日午前八時一五分頃、枕崎市折口町一番地先交差点内で立石チミ運転の軽四輪乗用車が被告光タクシーの所有、被告大園運転にかかるタクシーに衝突され、軽四輪の助手席に同乗していた原告は頭部等に打撲を受けた(第一事故)。翌日、小原病院で診療を受けその際原告は頭痛、吐き気、腰部、膝部痛等の症状を訴えていたので、一応原告の主訴は事故によるものであろうと判断して右病院は頭部打撲症、右胸部、右膝部打撲症、左腰部打撲症と診断し、頭の浮腫を取り頭の代謝を改善することを目的とした薬剤を投与し、頭痛、手のしびれ、吐き気を治すため首の湿布と首を固定する治療をしたが、急性期が過ぎた後は温熱療法に移行しての治療が継続され、昭和五一年一一月三日午前八時頃、枕崎市枕崎六九二八番地先道路上において被告野沢建設の所有、被告西田運転にかかるマイクロバスが原告が運転中の自転車を後方よりはねとばし、そのため原告は右肩、上肢、腰、大腿部に傷害を受けた(第二事故)。翌日、原告は小原病院で診療を受け、その際、吐き気、肩、右手、右腰部に痛みを訴え、右訴えに伴う症状があるとして、右肩、上肢、腰、大腿打撲症と診断し、処置としては湿布が中心になされた。第二事故が生じたとき、第二事故による治療と共に第一事故による治療も引き続き行なわれていた。右各治療が継続中に本件第三事故が生じ、前記認定したように右各治療と共に第三事故による治療がなされた。昭和五三年一月二五日付の小原病院の診断の結果によると、頸部症候群の症状が発現して治療が長びき、昭和五二年一二月三一日現在、治療継続中であること、右診断は第一事故による症状にもとづきなされたこと、昭和五四年一二月一四日付の小原病院の診断の結果によると、昭和五四年一一月三〇日現在、頭痛、めまい、頸部痛、腰痛、左膝の痛みを訴え治療継続中であること、小原病院は原告に対し長期にわたり治療を継続したが、原告の訴える自覚症状が一向によくならないため、大勝病院に原告を紹介した。昭和五五年一二月一九日付の大勝病院の診断結果によると身体各所の疼痛を訴える自覚的症状が主な所見で、他覚的異常発見はなく検査結果にも異常はみられなかつた。小原病院から原告の診療の依頼を受けた大勝病院は小原病院に対し次のような返事をしたこと、すなわち「原告は過去三回の交通事故とそれによる不定の愁訴、特に身体各所の疼痛を中心とした症状があり、かなり心因性の傾向が強い人なので心気症を合併していると考えられ、心気症に対する治療が次善の方法と考え、精神安定剤とか不定愁訴改善剤を投薬したところ具合がよかつたので、小原病院においても試みて下さい」との内容の返事をしたこと、昭和五六年三月二五日付小原病院の診断書によると、X線所見では変形性頸椎症及び脊椎症が認められ、頸肩腕症候群ようの症状を呈し、これに低血圧症、心気症を合併していること、変形性頸椎症は年令、生理的なものに原因が存し、交通事故によつて変形性の脊椎症及び変形性頸椎症になることはまず考えられないこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定したように原告は第三事故(以下「本件事故」という)に遭遇する約一年八か月前に頭部打撲症の傷害を、約一年二か月前に右肩上肢、大腿打撲症等の傷害を受け、本件事故当時、頭痛、めまい、頸部痛、腰痛を訴えていたため通院治療を受けていたのであり、本件事故後の原告の前記症状に鑑みれば、このような以前の受傷が同人の本件受傷及びその後の症状に影響を与えていることは容易に推認される。このような場合、加害者が被害者に賠償しなければならない損害の範囲は、原則として加害者の違法な行為によつて生じたものに限られ、第三者の行為の介在により拡大された損害について被告らに責任を負わせることはできない。本件では本件事故後の前認定のような原告の受傷態様、受傷部位、症状に鑑みると、原告の受傷及びその後の症状について本件事故がある程度の要因を与えていることは否定できないが、右症状は本件事故のみによつて生じたというよりむしろ第一、第二事故によつて生じた蓋然性の方が極めて高いものと判断されるので、本件事故以前に生じたものであると認められる範囲の損害については、本件事故と相当因果関係のないものとするのが相当である。このような観点から本件を見ると、原告の本件事故後の傷害のうち、少なくとも八割は本件事故と相当因果関係のないものとして被告らに負担を求めることはできないと解するのが相当である。原告はこのような時間を異にする同種不法行為についても共同不法行為が成立する旨主張するが、このような考えは採らない。

2  治療費関係 七万四五〇七円

〈証拠〉によれば、本件事故と相当因果関係のある治療費として、小原病院五万五二二二円(原告が小原病院に支払つた合計金額の二割相当額)、大勝病院五三八五円(原告が大勝病院に支払つた合計金額の二割相当額)、腰椎装具代として一万三九〇〇円が認められる。

3  通院交通費 二万九一八四円

〈証拠〉によれば、原告が小原病院及び大勝病院に通院するため二万九一八四円(原告がタクシー代として支払つた合計金額の二割相当額)をタクシー代として支払つたことが認められる。

4  慰藉料 二〇万円

1で説示したような、原告の受傷態様、部位、程度その治療経過に、本件受傷の部位、程度が本件事故以外の第三者の行為によつて寄与されている面のあること等諸般の事情を考慮すれば、原告が本件事故によつて被つた精神的損害は二〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

5  後遺障害による損害

〈証拠〉によると、原告は昭和五五年一二月から昭和五六年二月にかけて頸、肩、上肢、下肢の疼痛を中心とした症状の他に、不眠、胸部圧迫感、腹痛、便秘を頑固に訴えていたが、レントゲン、脳波その他の神経学的検査では原告の自覚症状を裏付ける何らの器質的障害は存しなかつた。以上の事実が認められ他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右の事実によれば、本件事故により原告が主張するような後遺症が生じたものとは認め難い。従つて後遺症を理由とする慰藉料及び逸失利益の請求は認められない。

6  休業損害 一五万二四四〇円

〈証拠〉によると、原告は本件事故に遭遇して以来、一八五日間通院治療していることが認められるが、前記で認定したように、右通院治療日数は第一、第二事故による治療も継続中であり、本件事故と相当因果関係のある治療日数はその二割の三七日間が相当であり、これを超えるものは本件事故と相当因果関係のあるものとはいえない。〈証拠〉によれば、原告の昭和五二年度分の課税所得金額は一五〇万三九〇〇円であることが認められるので、三七日間、通院治療のため休業せざるを得なかつたので、原告の休業損害は一五万二四四〇円となる。

7  右2ないし6の損害の合計は四五万六一三一円になるところ、原告が自賠責保険より合計三〇〇万円を受領した(原告が自認するところであり、被告らもこれを明らかに争わないので自白したものとみなされる)ので、これを右損害合計額から控除すると残額は存しないことになる。

四  以上の次第であるから、原告の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官日野忠和)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例